ディ・グラッシ引退へ!「最初は乗る気なかった」衝撃の告白と12年の軌跡
フォーミュラEのパイオニア、ルーカス・ディ・グラッシ(42歳)が、今週末のロンドン大会をもってプロレーサーとしてのキャリアに幕を下ろす。2002年4月、ブラジルのクリチバで行われたフォーミュラ・ルノーのデビューレースで10位に終わった17歳の少年は、その後24年にわたる長い旅路を経て、ついにハンドルを置く決断をした。
ディ・グラッシといえば、フォーミュラEで14勝を挙げただけでなく、シリーズの普及に尽力した功労者として知られる。しかし驚くべきことに、彼は当初、フォーミュラEのドライバーになるつもりは全くなかったという。「レースに出るのではなく、シリーズのディレクターとして残り、LMPだけを走ろうと考えていた」と本人が明かす。2013年、アプトとアウディ・スポーツへの働きかけが実り、ようやく参戦を決意したが、それでもシリーズの存続には懐疑的だった。「最も確率が高かったのは、選手権が生き残れないことだった」と振り返る。それでも、共同創業者アレハンドロ・アガグのビジネス手腕を信じ、「電動化の流れは間違いない」と覚悟を決めた。
デニムに合う。履くだけで「ちょいワル」Tapoon アウディを説得する舞台裏も興味深い。アプトのトーマス・ビアマイヤー氏によれば、ディ・グラッシと共にウルリッヒ博士に直談判し、握手で合意を得たものの、社内から「なぜそんなことをするのか」と大ブーイングが起きたという。しかしウルリッヒ博士は約束を守り、チームは晴れてアウディ・スポーツの名を冠することができた。
2016年のバタシー・パークでの最終戦は、モータースポーツ史上に残るドラマだった。タイトルを争うセバスチャン・ブエミとの激突。ディ・グラッシは2コーナーでブエミをコースオフさせ、自身もタイヤバリアに乗り上げる。解説者のジャック・ニコルズが「まさかこんなことがすぐに起こるとは!」と叫んだ瞬間だ。ディ・グラッシは「あのレースで言うべきことはもう言った。ファステストラップでタイトルを失ってとても悲しかったが、ルノーは圧倒的に速かった。我々はチャンスを狙っただけだ」と振り返る。結局この年はブエミに敗れたが、翌年モントリオールで雪辱を果たした。
キャリア最大の戦略的ミスとして、マヒンドラへの移籍を挙げる。2022年、ベンチュリで好成績を残しながらも、マヒンドラとの口頭合意を優先した矢先、チーム代表のディルバグ・ギルから「私はチームを去る」と告げられた。後任との関係もうまくいかず、結局アプトに戻る道を選んだ。
引退後も、ディ・グラッシはフォーミュラEの発展に力を注ぐ構えだ。次世代Gen4マシンについて「F1より速くなれる。シンギュラリティ(特異点)の瞬間が来る」と熱く語る。「最高のドライバーが最速のマシンに乗っている、と世界が認める日が来る。それは思っているより早い」。
24年のキャリアに終止符を打つ男は、最後まで前を向き、挑戦し続ける。その背中は、フォーミュラEそのものの歴史を体現している。
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